不定時法とは?明治6年まで使用されていた日本独自の時刻法

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不定時法とは?明治6年まで使用されていた日本独自の時刻法

占い大好き

その他の用語”不定時法”について詳しく教えてください。

占い研究家

不定時法とは、時刻を刻む間隔が一定ではない時刻法のことです。明治6年1月1日に西洋からの定時法に改められるまで使用されていた時間区分法です。

占い大好き

“刻”に十二支を当てはめる手法を取っていたとありますが、具体的にどういったものだったのでしょうか?

占い研究家

一日を昼と夜に分け、それぞれを6等分して”刻”とし、”刻”に十二支を当てはめることで、時刻を表現していました。季節ごとに昼夜の時間が変わるため、季節感を重要とした日本人の生活にはなじみが深かったとされています。

不定時法とは。

不定時法とは、一定の間隔で時間が刻まれない時刻のシステムのことです。日本は明治6年1月1日までこの時間区分法を使用していました。「子の刻」「丑三つ刻」は不定時法の時間の呼び方です。この方法では、一日を昼と夜に分け、それぞれを6等分して「刻」とし、「刻」に十二支を当てはめていました。季節ごとに昼夜の時間が変わるため、季節感を重視した日本人の生活に適していました。

不定時法とは何か

不定時法とは何か

不定時法とは?明治6年まで使用されていた日本独自の時刻法

不定時法とは、日本古来の独自の時刻法で、太陽の出入りを基準として1日を12等分にした時刻法です。不定時法は、太陽が真東から昇って真西に沈むまでの時間を1日とし、これを12等分してそれぞれを刻と呼びました。刻の時間は季節によって異なり、冬至には最も短く、夏至には最も長くなりました。

不定時法は、明治6年(1873年)に廃止されるまで、日本全国で使用されていました。日本は明治5年(1872年)に太陽暦を導入しましたが、不定時法は引き続き使用されていました。これは、不定時法の方が太陽暦よりも日本人の生活に合った時刻法だったからです。

不定時法は、季節によって刻の時間が異なるため、不便な時刻法でした。また、不定時法は、太陽暦との関係が複雑で、計算も難しくなっていました。そのため、日本政府は明治6年に不定時法を廃止し、統一された時刻法として太陽時を採用しました。

不定時法の歴史

不定時法の歴史

不定時法の歴史は、古代にまで遡ります。古代日本人は、日の出と日の入りを基準として時刻を定めていました。しかし、季節によって日の出と日の入りの時刻は変化するため、正確な時刻を知ることは困難でした。そこで、平安時代には、水時計や火時計、線香時計などの機械式時計が導入されました。しかし、これらの時計も精度が低く、正確な時刻を知ることは依然として難しいままでした。

江戸時代になると、西洋から機械式時計が輸入され、普及するようになりました。しかし、機械式時計は高価であり、庶民が所有することは困難でした。そこで、江戸時代の人々は、日の出と日の入りの時刻を基準として、時刻を定める不定時法を使用していました。

不定時法では、1日を12等分し、各時刻に十二支の動物を当てはめていました。日の出を「卯の刻」、日の入りを「酉の刻」とし、その間の10時間を「辰の刻」「巳の刻」「午の刻」「未の刻」「申の刻」と呼んでいました。また、日の出から日の入りまでの12時間を昼、日の入りから日の出までの12時間を夜と呼び、それぞれを6等分した時刻を「刻」「半刻」「一刻」「半刻」と呼んでいました。

不定時法は、明治6年まで使用されていましたが、明治6年に太陽暦が導入されるとともに廃止されました。現在では、不定時法は使用されていませんが、江戸時代の文献を読む際には、不定時法を理解しておく必要があります。

不定時法の特徴

不定時法の特徴

不定時法とは、明治6年まで使用されていた日本独自の時刻法です。不定時法の特徴は、太陽の位置に基づいて1日を12等分し、その12等分された時間を「時辰(じしん)」と呼んでいました。時辰は、現代の1時間に相当しますが、その長さには季節によって変化がありました。

夏至の日は1時辰が約1時間20分、冬至の日は約40分でした。また、不定時法では、1日を「夜半(よなか)」、「暁(あかつき)」、「昼(ひる)」、「夕(ゆう)」の4つに分けていて、それぞれを6時辰ずつに分けていました。不定時法は、当時の日本人の生活リズムに合った時刻法でしたが、明治6年に廃止されました。

不定時法の使われ方

不定時法の使われ方

不定時法は、明治6年まで使用されていた日本独自の時刻法です。季節によって昼の時間が異なるため、不定時法では、昼の長さを12に分けて時間を表していました。例えば、春分と秋分の日は、昼の長さが12時間なので、午前6時から午後6時までを12等分して、1時間ごとに「上刻」「中刻」「下刻」と呼びます。夏至の日は、昼の長さが14時間なので、午前6時から午後8時までを12等分して、1時間ごとに「上刻」「中刻」「下刻」と呼びます。冬至の日は、昼の長さが10時間なので、午前7時から午後5時までを12等分して、1時間ごとに「上刻」「中刻」「下刻」と呼びます。

不定時法は、季節によって昼の長さが異なるため、季節ごとに時刻が変化するという特徴があります。例えば、春分と秋分の日は、午前6時の上刻は午前6時ですが、夏至の日は午前6時の上刻は午前5時30分、冬至の日は午前6時の上刻は午前6時30分になります。また、不定時法では、日の出と日の入りの時刻が毎日異なるため、時刻を知るためには、日の出と日の入りの時刻を調べておく必要があります。

不定時法の廃止

不定時法の廃止

明治6年、新暦を導入するとともに、不定時法は廃止されました。それまでは、季節によって日照時間が変化するため、1日の長さも変化していました。そのため、午前と午後で時刻の単位が異なったり、1日の時間が季節によって変わったりしていました。しかし、新暦の導入により、1日の長さは一定になり、午前と午後で時刻の単位が統一されました。また、1日の時間が季節によって変わることもなくなりました。これにより、人々の生活はより便利になり、社会活動も円滑に行われるようになりました。

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